鮎にヴァイツェン、鰻にブラウンエール
 (「地ビールニュース'98 July」掲載 / ブルーイング・コンサルタント ビアテイスター 田村功)


■ 「ビールに合う料理」の正体は ■

 料理とワインについて書かれた本はたくさんあります。でも、料理とビールの合わせ方について論じている本はほとんど見掛けません。ですから、たまに「ビールに合う料理」を特集している雑誌を本屋で見つけると、ボクは思わず買ってしまいます。ところが家に帰って読んでみるとガッカリ。料理のレシピと作り方をさんざん述べた後、「これはビールにとてもよく合う」とたった1行だけ書いてオシマイです。どうして合うのか説明がないし、いったいどのスタイルのビールに合うのかもまったく不明。こんな紹介の仕方って、ありでしょうか?

 あんまり腹が立つので、紹介されている料理を片っ端からリストアップし、共通点を整理して見ました。それで分かったことは、どれもみんな「脂っこい料理」と「ショッパイ料理」ばかり。食材は違えど、油を使った揚げ物や炒め物、さもなくば塩分をたっぷり効かせた煮物、焼き物…という具合です。

 これで納得しました。ビールを料理に合わせるといっても、その真意は、脂っこくなった口を洗ったり、口の中や胃の中の塩分を薄めることなんだと。こうした目的のためなら、口当たりが軽く、フレーバーの弱い、ライトラガーだけ飲んでいればいいのです。だからでしょうか、ビアホールのメニュウに「脂っこい料理」と「ショッパイ料理」が多いのは。

 しかし、ビールを料理に合わせる本来の目的は、なにも口を洗ったり塩分を薄めることだけではないはずです。ほかにも「口中をコーティングする」「食材の持つ特有の臭みを中和する」「料理にないフレーバーを加味して複雑な味を楽しむ」「食欲を増進させる」「消化を助ける」…など、料理を美味しくさせる効果がいろいろあります。こうした効果をないがしろにして「ビールを料理と合わせる」とは、まことにもってオコガマシイ話ではありませんか。

 本格的に料理に合ったビールを選ぶとすれば、どんな目的で合わせるのかというコンセプトを持たなくてはなりません。

 たとえば、カレー料理。この種の料理に使われるカレーパウダーは、クミン、コリアンダー、ターメリック、ジンジャー、レッドペッパー、カルダモンなどのスパイスがブレンドされたもので、食欲を誘う馥郁とした香りとともに強烈な辛さを備えています。

 辛さというのは、日本地ビール協会でシイベルの講習会を受けた方ならご存知のように、口中の三叉神経が刺激されて感じるものです。この刺激は長い時間残り、口をいくら洗っても10分以上消えません。三叉神経への刺激は繰り返し与えられるとますます強く感じるようになり、同時に嗅覚や味覚の働きを抑制するので、料理の素晴らしいフレーバーを十分に楽しむことができなくなります。

 カレー料理をほんとうに美味しく食べるには、甘味の強いビールで口の中の皮膚粘膜をくまなくコーティングする必要があります。甘味の勝ったビールのスタイルとしては、ボック、ドッペルボック、オクトーバーフェスト、スイートスタウト、オールドエールなどが挙げられますが、こういうビールを飲みながら食べると三叉神経への刺激が軽くなり、辛さとフレーバーが調和した本来のカレーの美味しさを味わうことができます。同じ理由から四川料理、タイ料理、メキシコ料理など、香辛料を激しく効かせた料理にも、甘口のビールが正解です。

■ “この料理にこのビール”のワケ ■

 マトン、ラム、レバー、サバ、イワシ、カレイ、オスイター、カニ、エビなど、独特のクセを持つ食材を使う料理には、麦芽風味の強いビールを選びます。カラメル香、ロースト香、チョコレート香などによって食材の持つ臭みを和らげ、同時に旨味を作り出すからです。ラムステーキやレバー炒めなどの肉料理にはフルボディのボック、ドッペルボック、フォーリンスタウト、ロブストポーター、オールドエール、スコッチエールなど。オイスターにはドライスタウト。魚介類のムニエルにはミディアムボディのブラウンエール、ブラウンポーター、デュンケル、シュヴァルツビアなどの中から選べば完璧でしょう。

 白身の焼き魚には、ヴァイツェンが最適です。これからの季節には“鮎とヴァイツェン”なんていいですね。クローヴ香とフルーティーなエステル香が魚の生臭さを消し去るとともに、炭火で焼いた香ばしさと実に見事な調和を見せてくれます。ヴァイツェンのクローヴ香はまた、スモークサーモンのマリネなど燻製を使った料理の風味をぐんと引き立てます。

 肉を焼くと香ばしい焦げ色がつきます。これはメラノイジンという香味成分によるものですが、このメラノイジンがロースト麦芽のフレーバーと一緒になると、まことに奥行きのある旨味が生まれます。とくにビーフステーキや焼き鳥は、ブラウンエールやポーターとの相性が抜群。ライトラガーでは味わえない感動的な美味しさが口中を満たします。ブラウンエールといえば鰻の蒲焼きと組み合わせると、その絶妙極まる香りのハーモニーにびっくり。ぜひお試しください。

 お酒の中で苦味を特徴としているのはビールだけですが、この苦味は胃液の分泌を促し食欲を増進させます。ですから、食欲のないときや体が疲れているときは、ジャーマンピルスナー、ペールエール、インディアペールエール、ESBなど、ビタネス・ユニットが35IBU以上のビールを持ってくると食が進みます。 料理とビールを合わせるときは、“飲む”と“食べる”のバランスが大切です。ビールを飲む量は330〜350mlボトルで2〜3本以内、250mlグラスならせいぜい4杯どまり。アルコールに換算して、ワインのハーフボトル程度の量に抑えます。さもないと、味覚と嗅覚が鈍くなって料理の味を心から楽しめません。ビールをガブ飲みしたいなら、やはりビアホール料理でライトラガー…と割り切るべきでしょう。


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