20年もののワインと20年もののビール
 (「地ビールニュース'98 May」掲載 / ブルーイング・コンサルタント ビアテイスター 田村功)


■ 長期熟成するビールの存在 ■

 ボクはいま、ワインの“ヴィンテージ・タイム・チャート”を見ながら、この文章を書いています。

 このチャートは、「ワインが仕込まれてから熟成のピークに達するまで何年かかるか」を図表化したもので、フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、カリフォルニア、オーストラリア、ニュージーランドの代表的なワインの熟成度が、曲線グラフを見るだけで一目でわかる大変便利なものです。

 これによると、とびきり高級なワインは非常に長い期間にわたって熟成が進むことがわかります。たとえばあの有名なフランス・ポムロールの「シャトー・ペトリュス」やメドックの「シャトー・マルゴー」を見ましょうか。1982年は過去20数年間で最高の豊穰年とされる年ですが、その年の「ペトリュス」と「マルゴー」は18年間にわたって、どんどん、どんどん味に磨きがかかり、熟成のピークを迎えるのが2000年とでています。しかし、ピークが過ぎたら味の劣化が始まりますから、パーティでも開いてすみやかに飲んでしまわなければなりません。

 そのピークを迎えるまで、ワインは熟成させればさせるほど味が良くなります。とはいえ、長年の熟成に耐えるワインは多くありません。ブドウに含まれる糖分が多く、しかもミネラル成分のバランスが良くなければ熟成は短期間で終わってしまいます。ですから同じ「ペトリュス」や「マルゴー」でも、ブドウの実りの悪い年のワイン、つまり糖分の少ないブドウでつくったワインはあまり長い間の熟成に耐えることができません。「ペトリュス」の場合、ブドウが不作だった1980年のものはすでに1990年にピークが過ぎてしまいました。2000年に向かっていまだに熟成の続いている1982年のものより、当然グレードも味も下になります。 “ヴィンテージ・タイム・チャート”は、ワインにちょっと興味のある人なら誰でも知っている「シャトー・ラトゥール」「シャトー・ラフィット・ロートシルト」「シャトー・ムートン・ロートシルト」などについても紹介しています。これによると、豊穰年の「ラトゥール」と「ラフィット・ロートシルト」は25年目、「ムートン・ロートシルト」は20年目に、それぞれ熟成のピークを迎えると書いてあります。

 良いワインはこのように長期間にわたって寝かせておくため、どうしても値段が高くなります。もっとも、ワインがまだ若いうちに買ってきて自宅で15年以上寝かせておくつもりなら比較的安く手に入れることはできますが、摂氏15度湿度70%に保たれた本格的なワインセラーを持っていなければこういうことはできませんし、だいいち気が短い人にはムリな話です。ワインセラーもなく、気が短く、しかもボクのように貧乏な人は、こういうワインを一生味わうことができません。 それに比べると、ワインと同様に長期間熟成させたビールなら、お金持でなくても楽しめます。たとえば、オールドエールがそうです。 

■ 「シャトーマルゴー」に匹敵するビール ■

 オールドエールは英国で生まれたスタイルで、ダークな色合いを持ち、豊かな麦芽風味と甘味を持つ香り高いビールです。そのうえ1055〜10808(糖度16〜20%)という高い初期比重で発酵させるので、とてつもなくアルコール度数の高いものも見かけます。 オールドエールは、ワインと同じようにボトルの中で熟成させます。いわゆるボトルコンディション・エールですが、多くは5年間、ときには10年以上の長い年月の間寝かせるものも珍しくありません。

 なかでもひときわ有名なのは、ジョージ・ゲール醸造所の「プライズ・オールドエール」です(日本では「長期熟成ビール10年」と日本語で書かれた特製ラベルを貼って売っています)。1094(糖度23.5%)という非常に高い初期比重で発酵させるためアルコール度数が 9%にもなりますが、長く寝かせてあるためか口に入れたときに強いアルコール感は感じられません。使用麦芽は、ペールモルトを主体に少量のブラックモルトとウィートモルトをブレンド。ホップはケントゴールディングスとファグルの2種類を使っています。

 この「プライズ・オールドエール」についてマイケル・ジャクソンは「ビア・コンパニオン」という本の中で、次のように書いています。「『プライズ・オールドエール』がまだ若いうちは酸味がきつく、咳止め飴のようにスパイシーです。5年から6年経つと、ブランデーかカルバドスのように複雑な味わいと滑らかな口当たりが備わります。ジョージ・ゲール社に以前働いていた醸造主任は、『熟成に最も適している期間は20年』と言っていました。どのボトルも同じように熟成するわけではありませんが、熟成期間がだいたい20年過ぎると、味が落ち始めるとともに傷みやすくなります」。

 20年目がピークというと、これは豊穰年の「シャトー・ペトリュス」や「シャトー・マルゴー」に匹敵します。こうなるとワインもビールも、熟成期間にもはや差がありません。ちなみに「プライズ・オールドエール」の栓は王冠でなくコルクですから、ますますワインに似ています。でも、一本につき1000円でお釣りがきますから、ワインに比べて値段が3桁も違います。 さてその味ですが、ボクがテイスティングしたときの印象では、年代物の紹興酒を思わせる濃厚な味わいと、やはり年代ものの赤ワインのようなずっしりとしたボディが感じられました。

 長期熟成ビールは、オールドエールばかりとは限りません。バーレイワインやランビックなどもそうですし、トラピストビールも温度管理さえしっかりやれば10年以上の長い間熟成させることができます。詳しくはマイケル・ジャクソンの「ビア・コンパニオン」をご覧ください。うれしいことに、このたび日本地ビール協会の小田会長の翻訳によって、この本の日本語版が発刊されます。とても楽しみです。


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