ワインとビールは、合い似たり
 (「地ビールニュース'98 March」掲載 / ブルーイング・コンサルタント ビアテイスター 田村功)


 前回は、仮想のヴァラエタル・ビア「カスケード97」の話をしました。この“ヴァラエタル・ビア”というのは、ホップに一種類のアロマタイプしか使わないというこだわりのビール。単一品種のブドウのみでつくる“ヴァラエタル・ワイン”と同じ発想です。 そこで今回は、ブドウとホップの観点から、ワインとビールの類似性について話を進めたいと思います。

■ カベルネソーヴィニヨン VS ブラムリングクロクス ■

 ワイン適しているブドウは4000種類もあると言われていますが、なかでも最も有名な白ワイン用ブドウは、シャブリなどブルゴーニュの白ワインを始めシャンパンにも使われているシャルドネ種という品種です。このブドウの特徴は、アップル、ピーチ、パイナップルのほか、バタースコッチ、ハニーのフレーバーをもたらすこと。

 アップル、ピーチ、パイナップル…といえば、ビールにもこれに似たフレーバーがありました。高温で発酵させたエールにしばしば見られるエステル香です。エールにはまた、バタースコッチを思わせるダイアセチルも含まれていますから、シャルドネ種のワインとかなり共通する面がありそうです。

 赤ワインの場合はどうでしょうか。最も有名な赤ワイン用ブドウはカベルネソーヴィニヨン種といい、ボルドーの赤に使われます。これがもたらすフレーバーは、ブラックカラント、杉、ピーマン、ミント、ダークチョコレート、オリーヴ、葉巻、そのほか鉛筆のような匂いもあると言われています。

 ビールにも同様のフレーバーを感じるものがありますが、発生要因としては、発酵過程で生成される場合もあり、原料によってもたらされる場合もあって、ワインより複雑です。たとえばブラックカラントの香りは、発酵中にできた芳香成分にも見られる一方、ホップからも得ることができます。英国産ホップのブラムリングクロス種はブラックカラントに非常によく似たフレーバーを持ち、これでドライホッピングすると華やかな香りのビールができます。杉やピーマンに似た香りは、スパイシーでウッディなフレーバーを持つファグル種ホップからも得ることができます。またダークチョコレートのフレーバーは、焙煎度の高い麦芽からもつくられます。

■ ピノノワール VS ケントゴールディングス ■

 ブルゴーニュの赤ワインに使われるブドウはピノノワール種といいます。ボルドーの赤に使われるカベルネソーヴィニヨン種に比べてタンニンと酸味が少ないので、フルーティーですっきりとした風味のワインをつくりますが、そのフレーバーは、ラズベリー、ストロベリー、チェリー、クランベリーなどに加え、バイオレットやバラに似たフローラルな香りも感じさせます。

 これらのフルーティーもしくはフローラルなフレーバーは、ビールの場合、酵母の選択や発酵温度のコントロールによってつくられるケースが多いようです。しかし原料によるケースとしては、ベルギーのフルーツ・ランビックのように果物を入れてエイジングさせるのは例外として、より一般的にはホップによってもたらされます。英国産ケント・ゴールディングス、WGV、チャレンジャー、アメリカ産ウイラメットなどの品種は、かなり強いフルーティー・アロマを特徴としているので、これらでドライホッピングした“ヴァラエタル・ビア”は、ブルゴーニュの赤ワインに匹敵するほどアロマティックなビールとなります。

グルナシュ VS ザーツ

 フランスのローヌ地方南部にシャトーヌフ・デュ・パープというワイン畑があります。この畑に育つグルナシュ種とシラー種のブドウは黒胡椒やハーブのフレーバーを持ち、それがシャトーヌフ・デュ・パープ・ワインのすばらしくスパイシーな特徴をつくっているというわけです。

 スパイシーなホップといえば、真っ先に思い浮かぶのがチェコ産ザーツです。そのフレーバーは、黒胡椒、松ヤニ、おが屑、干し草などに似ています。また、ハラタウ・ミッテルフリュー、テトナング・テトナンガー、シュパルト・シュパルター、ヘルスブルッカーなどのドイツ品種も、ザーツと同様にスパイシーなフレーバーを持つホップです。フルーティーもしくはフローラルな英国産ホップやアメリカ産ホップが女性的であるとするなら、チェコ・ザーツやドイツ・ホップのアロマはノーブルでダンディなイメージ。どこか男性的キャラクターを感じさせると言ってもよいでしょう。

 ついでながらドイツ・ワインの例では、リースリング種というブドウがよく知られています。これはモーゼルやラインガウなどの白ワインに使われる品種で、ドイツ産といってもホップとは違って、リンゴ、グレープフルーツ、パッションフルーツ、ハニーなどを思わせる女性的な香りが特徴です。これに似たフレーバーをホップに求めるとすれば、やはりアメリカ産カスケードになるでしょうか。 このようにホップ・フレーバーはブドウに負けず劣らず多様です。この多様さこそが“ヴァラエタル・ビア”の世界を大きく広げるうえで、最も重要なポイントになることは言うまでもありません。


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