ホップの品種にこだわった“ヴァラエタル・ビア”はいかが?
 (「地ビールニュース'97 August」掲載 / ブルーイング・コンサルタント ビアテイスター 田村功)


「ビールとワインは似てますね」と、日本地ビール協会の小田会長が電話の向こうで言いました。

「ワインを知っているとビールを理解するのに役立つと言います」と、これはボク。

「どんなところが似ていて、どんなところが違うか? それ考えるの、面白いと思いませんか?」

「面白いですね」
「じゃ田村さん、それを地ビールニュースに書いてください」

 いきなりこんな話になりまして、これから5回位にわたり、ワインから見たビールというか、ビールから見たワインというか、そんな辺りのことを書いてみたいと思います。
 
■ ブドウ対麦 ■
 
 それでは、ワインの方から話を進めましょうか。

 ブドウを潰して発酵させると、ワインになりますね。糖分を大量に含んだブドウからは、よいワインができます。天候に恵まれた年に採れたブドウは、糖分がタップリ。逆に天候が不順な年のブドウは糖分が少なく、よいワインができません。だから、「いまならシャトーラトゥールが激安!」だの「ムートンロートシルトの大バーゲン!」などというチラシを見たら、真っ先に「それって何年物?」とギモンを持たなければダメ。天候が不順な年のワインは、ラトゥールだろうが、ロートシルトだろうが、“安かろう・悪かろう”の例から外れることはないのです。ちなみに、糖分の豊富なブドウが採れた年を“ヴィンテージ・イヤー”といいます。

 ビールは麦からつくります。が、麦にはブドウと違って糖分がありません。糖分はないけれども、糖のもとになるデンプンを持っています。このデンプンを糖に変えるにはベータ・アミラーゼという酵素が必要なんですが、よくしたもので麦を発芽させると麦の体内にこの酵素ができるんですね。そのまま放っておくとできた酵素が働き始めてデンプンを糖に分解してしまいますから、その前に熱を加えて発芽を途中で止めます。

 こうしてできたものがいわゆる麦芽でありまして、ビールをつくるときは、これを砕いて湯につけてやります。そうすると眠っていたベータ・アミラーゼ酵素が働きだしてデンプンを糖分に転化するわけです。

 麦のデンプン含有量は、むろんその年の天候に左右されます。でも、ビールにするときはいったん麦芽に加工してしまうので、収穫した年の天候がビールの出来具合に直接影響することはありません。
 
■ ブドウ対ホップ ■
 
 ワインとビールを比べるとき、麦よりもホップを取り上げる方が共通点が多いような気がします。

 ワインに詳しい方ならご存知でしょうが“ヴァラエタル・ワイン”という言葉があります。原料となったブドウの品種名が表示されているワインのことで、たとえば白なら“シャルドネ”とか、赤なら“カベルネソービニヨン”という品種名がラベルに書かれています。2種類のブドウを使ってる場合は、“セミヨン・シャルドネ”とか、
“カベルネソービニヨン・メルロ”などと表します。オーストラリアやアメリカの高級ワインは、ほとんどがこれです。

 これと対極をなすのが、異なるブドウでつくった数種類のワインを一緒に混ぜ合わせたブレンデッド・ワインです。量産には向いているが、ブドウの特徴が相殺されるため、香りも味もどこか凡庸で飲んだときの感動がありません。“ヴァラエタル・ワイン”を上等なワインとするのは、ブドウの個性が輝いているからなんです。

 ホップも品種にこだわるとビールに素晴らしい個性を与えることができます。ボクたちの回りには数種類のホップをブレンドしてつくった量産ビールがたくさんありますが、ホップの品種を売り物にしたビールは、まだありません。

 「小田さん、“ヴァラエタル・ワイン”のように“ヴァラエタル・ビア”と呼ばれるビールがあったら、楽しいと思いませんか?」

 「ラベルに大きな文字で“ゴールディングス”とか“ザーツ”とか“カスケード”と書いあるわけですね。ホップにも当たり年がありますから、ヴィンテージ・イヤーも入れたらどうですか。“カスケード97”なんて…」

 「いいですね」

 「いい年のホップは高いですから、ビールの値段も高くなるかもしれませんよ」

 「もしもそんなビールがあったら、少々値段が高くてもボクは文句をいいませんよ」

 「良いワインが高価なのと、同じことですからね」

 次回は“ヴァラエタル・ビア”のヴァーチャル(仮想)テイスティングを書くつもりです。


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