ビアテイスター、その存在意義と方向性
 (地ビールニュース'97 July掲載 / 日本地ビール協会会長 小田良司)


●100社を超えた地ビールメーカー

 この3月、日本の地ビールメーカーは100社の大台を超えました。今年度中にも140社に達しようかという勢いです。初めて日本の「地ビール」を口にしようとした時の期待感。たくさんの消費者が、今、あのワクワクした気持ちを体験しつつあります。その期待に各地ビールメーカーがどう応えるか。 日本の大手メーカーがつくるビールは、あらゆる人の好みの平均値がとられており、誰でも抵抗なく受け入れられます。一定の味と品質を常時提供することができるという点において、間違いなく高水準です。つい最近までの大手メーカーしか存在できなかった日本では、その弊害であると思われますが、ビールについての専門的な知識を得る手段がありませんでした。もちろん、大手メーカーの方たちは、専門的な知識と技術でもって日本のビールを支えてきたわけですが、一般消費者にはそのチャンスは与えられませんでした。必要がなかったといってもいいかもしれません。

 しかし、地ビールがこれだけ誕生したからには、日本の消費者からもビールの専門家が誕生しなければなりません。 日本の地ビールの普及と振興を目指し、当協会は1994年7月に発足しました。そして、翌年1月よりビールの専門家であるビアテイスターを育成するための講習会を続けて参りました。
 
●消費者とブルワーに並ぶ3つめの椅子 

 ビアテイスターの構成は図(略)の通りですが、97年2月と3月にようやく最高位であるマスター・イバリュエイターとジャッジの認定試験をするまでに到り、同年9月には第2回のジャッジ認定試験を行いました。この機会にそれぞれの役割などについて、ご説明したいと思います。

 地ビールという小規模醸造に話を限ると、ビールの味を云々する時、現状では、つくり手と飲み手という椅子しか用意されていませんでした。ブルワーは、精魂こめてビールをつくるものです。自分が生んだビールに愛情を持つのは当然のことです。が、自分の味に接するうちに慣れが出て、他のビールと客観的に比較する目が曇ってしまうことがあります。

 そして、消費者は、例え、その地ビールが期待はずれでも「地ビールなんてこんなものかな」という納得をしてしまいがちです。それは、そのビールの味と自分の感覚を表現する術を持たないからです。ブルワーはつくり手でない立場に自分の身を置くことが困難であり、消費者は飲み手でない立場に自分を置くことが困難なのです。けれど、訓練さえすれば、実は、もうひとつの椅子に身をおくことができます。それが、マスター・イバリュエイターです。

 ●マスター・イバリュエイターの役割

消費者ブルワーと消費者の間には「深くて長ーい河がある」というところでしょうが、ここに橋を架けるのが、マスター・イバリュエイターの役割です。 ブルワーがどんなデザインを思い描いて、そのビールをつくったか、どんなところがポイントなのか、マスター・イバリュエイターは、消費者に伝えられる知識と表現力がある人。また、消費者がそのビールを飲んだら、どんなふうに感じるかをブルワーに正確な言葉で伝えられる人です。さらに、その成功点と失敗点を指摘して、改善点までアドバイスできればベストといえるでしょう。

 2月14〜16日に行ったマスター・イバリュエイター講習会の最終日の午後が筆記試験と官能実技試験でした。受験者は45名。そこから16名の合格者が出ました。 認定したのは当協会ですが、試験問題はシーベル醸造科学技術研究所との共同製作。シカゴで125年の歴史を誇るブルワーとブルワリー管理者を養成する専門校・シーベル醸造科学技術研究所の副所長エルサ・シェラトン氏が講義を担当しました。同研究所は、毎年、1,000人もの卒業生を出しており、世界的に名が知られています。そのセミナーを日本で開催できたことは、当協会にとしても、私個人としても大変嬉しいことでした。

 受講者全員に、シーベル醸造科学技術研究所と当協会の連名の修了証書をお渡ししましたが、この修了証書は、受講者に大きく誇りとしていただけるものと思います。

●ビア・ジャッジという仕事とビア・スタイルの重要性

 ジャッジはビア・スタイル(ビールの種類)ごとにビールを審査する専門家で、大小のビア・コンペティションが盛んに行われているアメリカでは、既に1,500人ものジャッジが活躍しています。 ビールをスタイルごとに審査するということは「ビールは文化と歴史である」という敬意を表した審査方法だ、と私自身は考えています。

 ドイツで、イギリスで、チェコで、ベルギーで、そしてアメリカで、ビールは新たな特徴を持って生まれてきました。チェコで初めて世に出たピルスナーを、ドイツでつくろうとしたブルワーは、水質の違いに頭を悩ませました。そして、その水で自分のイメージする最良のビールをつくった時、それはヘレスになったのです。新たな文化が生まれたといって過言ではないでしょう。そう考えれば、ピルスナーとヘレスは別々に審査をするのがベターであるということがお分かりいただけると思います。ビールの善し悪しは、同じスタイルのものどうしで競うべきものなのです。

 ですから、ジャッジはスタイルを頭と鼻にたたき込まなくてはいけません。ピルスナーだったら最高だと思えるビールでも、ヘレスの名前で土俵に上がってきたら、それはブルワーの失敗を明らかにしたも同然です。彼はヘレスを、ピルスナーを何であるか知らないとジャッジに宣言したに過ぎないのですから。

 こうした厳しい基準をくぐり抜けて、コンペティションで入賞したビールは、やはり素晴らしいビールです。消費者に大いに宣伝していいことだと思います。ビールのボトルに、何のコンペティションでどのメダルをとったと堂々とプリントしてあるビールを海外でよく見かけますが、これは消費者がビールを選ぶ時の最良の目安になるでしょう。 世界の中で、最も厳しくビールのスタイルを追求している団体のひとつが、米国ブルワーズ協会です。

 当協会のジャッジの講習会は、ビア・スタイルを学ぶという点に重点をおくために、米国ブルワーズ協会と提携しています。1日の講習会で30余りのビールを、スタイルごとにテイスティングし、その特徴と違いを観賞していくことは、受講者にとって容易なことではなかったと思います。 3月、9月のジャッジ試験で、12名のアドバンスド・ジャッジと60名のジャッジが誕生しました。

 残念ながら、マスター・ジャッジの合格者はありませんでしたが、ビールを審査するという役割の重要性と責任の重さを考えれば、難易度を下げるわけにはいきません。

 ●日本のビア・コンペとその価値

 日本でも、昨年、インターナショナル・ビア・サミットにおいて、ビールのコンペティションが開催されました。ライト・エール、ダーク・エール、ライト・ラガー、ダーク・ラガー、スペシャリティの5部門について、金・銀・銅賞を決定するために、当協会のビアテイスター達が、米国ブルワーズ協会のチャーリー・パパジアン会長らと共に審査を行いました。日本では初めてのことでした。

また、本年は10月8日にマイケル・ジャクソン氏、ビル・シーベル氏、チャーリー・パパジアン氏などを迎え、ビアテイスターと共に審査を行います。 ブルワーが自分のつくったビールを審査してほしいと望むには、普段の努力の自信がなければできないことです。あるコンペティションがブルワーのモチベーションとなるかどうかは、ひとえにジャッジの力量にかかっているといってもいいかと思われます。ジャッジが、ブルワーの仕事の励みを作れるかもしれません。

 もうひとつのジャッジの役割は、料理とビールをマッチングさせていくことです。スタイルを知らなければ、料理との相性を考えることは不可能ですから、これはジャッジにこそふさわしい仕事だと思います。

 ●ビアテイスターの将来

 宣伝めいた言い方になって恐縮ですが、日本の地ビールメーカーの数が、誰も予想でき得なかったスピードで伸びていくのと歩調を合わせて、ビアテイスターの資格保持者も増加しています。私自身、これほど多くの人がビールについて学びたいという欲求を持っているとは、正直、考えておりませんでした。
 受講者は、地ビールメーカーに勤務する方もおられますが、ホテルやレストラン、航空会社などのサービス業に従事する方、趣味としてワインや日本酒の資格を持ち、さらにビールもという方など、実にさまざまです。

 そうした皆さんの声を聞くにつれ、今後、ビアテイスターがどんな社会的地位を獲得していくか、という点においては、地ビールメーカーより、ぜひビアテイスターをという声も2〜3社より聞いておりますが、当協会が意図してレールを轢くものではなく、ビアテイスターという資格を持ったそれぞれの方が、それぞれの場所で作り上げていってくださるだろう、というのが偽らざる心境です。 その近い未来まで、「ビアテイスター」と名乗ることが誇りとなるような協会としていくことが、私自身の仕事であると考えています。


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