トラピストビールを訪ねて 1.オルヴェル
 (「地ビールニュース 98 March」掲載 / ビア・ジャーナリスト ビアテイスター 中山恵子)


トラピストビールめぐり

 ベルギーに行ってきました。1度は行ってみたいと思っていたあこがれのビールの国です。一番の楽しみはトラピストビールのブルワリー訪問。トラピストビールというのは、トラピスト派修道会に属する修道院でつくられるビールのことで、そう名乗れるのは世界でたったの6ヶ所のみです。そのうちの5ヶ所がベルギー、あとの1ヶ所はオランダにあります。まるでワインのような、深みのあるとびきり個性的で美味しいビール。そのうちの5カ所を回り、4ヶ所でじっくりお話を聞くことができました。印象に残ったことを、それぞれほんの少しずつご紹介させていただきます。

 一番最初に向かったのは「オルヴァル」をつくっているノートルダム・ド・オルヴァル修道院でした。平地ばかり続くベルギーですが、たどり着くにはずいぶん山を上がります。修道院の建物は、屹立という言葉が似合うシャープで荘厳な造りです。けれど、このブルワリーには修道士さんの姿は見えません。トラピストビールといえど、今はもう修道士さんは醸造にはタッチしていないのです。

 世界各地に輸出されていることは百も承知しているのに、そのためにどの程度の設備が必要であるかも分かっているのに、やはり私は“トラピストビール”という言葉の響きとその歴史から、むんむんとイメージを膨らませていたことを自覚させられました。大手ビールメーカーのミニブルワリーのようです。パブやレストランを併設している日本の地ビールの10倍ぐらいといえば、規模が分かっていただけるでしょうか。それでも、ボトリングの部屋の壁に掲げられた十字架に気づいた時、「あー、本当にここは修道院のブルワリーなんだ」と、ちょっとだけ神妙な気持ちになったのでした。

 ビールは新鮮なら新鮮なほど美味しいものです。時間がたつほど酸化がすすみ、製品は劣化します。ですから、買う時には棚の1番奥にあろうが、山積みケースの1番下にあろうが、とにかく1番製造年月日の新しいものを選びましょう!

 けれど、トラピストビールは話が別です。“ボトル内熟成”というのをしますから。ボトルの中で酵母が発酵を続けているのです。“あ、日本の地ビールと同じね”と思ったらハズレ。ボトル内熟成というのは、発酵が終わったビールをボトルに詰める、その時に、またシュガーと一緒に酵母を添加しています。発酵終了後に酵母を残したままボトルに詰めたり、タルに詰めるものとは別物です。

オルヴェルの飲み時は?

 ボトル内熟成するビールは、日々味が変わっていきます。アルコール度数もあがっていきます。私にとってはビールを2週間以上飲まずに保存しておくのは非常に難しいことです。それがオルヴァルならなおさらのこと。どの程度日にちがたったオルヴァルが一番美味しいのかを研究することができません。なので聞きました。「一番美味しく飲むためには製造日から何日たった時に飲んでほしいですか?」と。

 答え。輸出部長さんは「オルヴァルには2度美味しい時がある。若い時と古い時」と言いました。ラベルの日付けはボトル詰めした日。ブルワリーで3週間熟成させてから出荷します。彼が言う“若い時”というのはラベルの日付から6〜7週間後。“古い時”というのは8〜9ヶ月後のことでした。“あー、その味がどう違うのか、同時に飲み比べてみたい。若い時のオルヴァルは日本で手に入るだろうか…”と思ったら、我慢ができなくなりました。

「その一番美味しいヤングとオールドを飲ませてもらえませんか」。輸出部長さんは嬉しそうに「ちょっと待ってください」と部屋を出て、それを探してきてくれました。幸せ。

 ベルギービールにはそれぞれオリジナルのグラスがあります。テーブルに口の開いたロゴ入りのグラスが並びました(輸出部長さんも当然のように一緒に飲む)。そこにあの特有の明るいオレンジ色をしたビールが注意深く注がれます。

 確かに違う。ピリピリと三叉神経への刺激が強い若いオルヴァルは、私が初めて飲む味のオルヴァルでした。新鮮なビールならではのアロマ。フルーティで、さわやかで、刺激的なフレーバー。アテニュエーションは82%とのこと。これは日本語では“発酵度”と呼ばれるもので、発酵可能な糖がどれだけアルコールになっているかを表す数値です。アルコール度数はこの時点で5.2%ぐらい。

 古いオルヴァルの方はもくもくとすごい泡。おなじみの主張の強いアロマ。練れた深いテイスト。喉がポッと熱くなるのはアルコールの強さは喉で感じるためです。アテニュエーションは99%近いというのですから、アルコール度数は7.2%ぐらいにまであがっています。

 「このあたり(ベルギーのリュクサンブール州)の人が好きなのはオールド」だそうですが、それはワインの国フランス国境近くの土地だからでしょうか。私は遠い外国人のせいか、若い時のオルヴァルの方が好きでした。 飲み終えて「日本のオルヴァルファンに何かメッセージをください」というと「ブルワリーとファクトリーは違います。オルヴァルは将来にわたって小規模です。量より質です。きちんとオルヴァルを理解し、味わってくれる消費者と巡りあえるのが私たちの幸福です」。

 私は、少々期待を込めて「ベルギー以外のどの国で一番オルヴァルが理解されていると思いますか」と尋ねました。「日本」と言ってほしかったけれど、彼はイギリスをあげました。「イギリスとベルギーのビールはとても違う。けれど、イギリスにはビールを愛するという同じ伝統がある」。…納得。

 本当にビールは文化です。日本でも新たな文化が育ちつつあります、と話を広げたかったけれど、私の英語力では説明できませんし、シメイに向かう時間も迫っていました。精一杯「よーく分かった」を表情に表して、頷くだけにとどめておきました。


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